2016年9月号

大学院では、学費を自分で払っていることもあり、大学時代とは感覚が違う。
大学時代は、卒業できればよい。あとは卒業後の国家試験に受かればよい、という気持ちだったと思う。

正直、ちょっと流されると、大学院でも単位だけ取れて卒業できればいいや、という気持ちが芽生える瞬間もあることはある。
でも、それって違うなって思う。

学位をとることそのものは、自己満足に過ぎない。
大学4年の頃に、薬学部の修士過程については、まったく興味が持てなかったので、「俺が行くのは、お金の無駄だな」って思って、就職した。

最近の自分の勉強スタイルを振り返ると、惰性でやってしまっている感がなきにしもあらずだ。
これは、仕事の行き詰まり感・仕事に追われて時間を作れないという状況が、大学院に入学したときの自分の初心を忘れさせてしまっているからだと思う。

大学院のRTOCS(real time online case study)では、その会社の社長になったつもりで、自分ならどうするか?を毎週ディスカションして答えを出す。けれど、大学院の友人らと「実際に自分の会社でなら、どうする?」っていうのを話した時に、原点に還った気がした。

俺は誰かに頼るのを卒業して、自分が率先していけるように、ビジネスでのサバイバル能力を身につけたくて大学院に入ったのであり、学位がほしかったわけではない。
学位は結果として得られればよいのであって、本当に欲しいのはビジネス能力だ。
そう考えると、自分のビジネスに直結しないような科目は、捨て科目としてもよいのかもしれない。

10月からの次期では、選択科目としてはあと1単位だけでよいのだが、時間に余裕があるのなら、もっととりたい科目はある。もう少しだけでも時間を作ることができれば・・・という気持ちは大いにあるが、仕事のための勉強なのに、仕事をないがしろにするわけにもいかない。

ここ数ヶ月、仕事に追われまくり、自分が負のオーラをまとってしまっていた気がする。
その流れを断ちたい。

半永続的なこの仕事量が変わるとは、到底思えないものの、「嫌なら辞めればいいじゃないか」だ。
この状況は様々な偶発的な出来事が重なってたどり着いたものであるが、またとない経験をする機会でもある。
課題だらけで、刺激に富んだ日々は、毎日「つまんねーなー」って呟いていた過去の自分から見たら、羨ましい状態のはずだ。
だから、今は苦しいと思うのではなく、楽しいと思うべき時のはずだ。

家庭の時間が極限まで減っていることは、正直苦しいものがある。
でも何かを得るためには、何かを捨てなければならないのだろう。

自分が完全に壊れてしまわない限り、この状況を前向きに楽しみたいと思う。

次回は多分正月か、卒業する1年後に更新できると思います。