怒っても変えられないことについては怒らない
五輪における中抜き、コロナの煽り騒動などから、日本の未来がもうダメだということはよく理解できた。
若年層には夢も希望もない国になってしまったらしい。あるのは高齢者の優遇と既得権益の維持である。
少子高齢化が進み、高齢者のための政策が中心となっており、トドメのような形でコロナによる子供たちの人権侵害が開始されてしまい、もう国として完全にオワコンである。
人口減少の進む国では、経済はどんどんシュリンクする。
これはBBTのRTOCSで嫌というほど思い知った。人口の増える国では、売り上げがどんどん上がる一方で、日本のような国では高齢者向けのビジネス以外は顧客が減る一方なのでとても厳しい。
ただでさえ出生率が低かったのに、コロナ騒動で妊婦が感染したら受信拒否されて死ぬしかないということが示されたため、ますます少子化が進むだろう。2類から5類に変えればすべては解決なのだが、この国の上層部は本当にバカしかいないらしい。
日本は完全にオワコンなのはわかったが、もっと酷いのはアジア諸国である。台湾以外は皆中国に侵食されており、気づかないうちに植民地のようになっている。ウイグルの虐殺をスルーする中国が、今後も100年前のような戦争に向かうことは容易に察しが付く。日本は憲法9条では国は守れないことに気づけない茹でガエルだ。アフガニスタンのようにアメリカが撤退したら、日本なんてあっという間に侵略されていいように支配下になるのだろう。
最終的にはどこかの時点でどこかのバカが、核爆弾のスイッチを押して北斗の拳のような世界になって、人類は終わるのは間違いないだろう。それができるだけ遠い未来であってほしいが、きっと避けられない。それぐらい人間というのは欲深く攻撃的である。とても残念ではあるが。
習近平が死んだときに、聖人のような人が後継者になれば地球は救われるかもしれないが、まず無理だろうな。
そんなことをいろいろと考えた結果、考えても無駄なことは考えない方が、自分の人生にとって良いと思うようになった。
鈍感力は大事だ。
世の中、怒りたくなることはたくさんある。
端から全部に怒っていたら、きっと怒っているだけで人生が終わってしまう。
怒っている人と一緒にいても面白くない。
どうしても政治について許せないことがあったときには、ツイッターのレジスタンス的なハッシュタグに参加するぐらいで、あとは選挙で一票を行使するぐらいかな。
自分のビジネスは自分が死ぬ頃までは継続できるだろうから、息子たちにはこの国から脱出しても生きていけるだけの知力と行動力を身に付けることができるように育てていこう。となると英語は必須か。あとは世界でも通用するものとするとSEにもなれるようなロジカルな思考だろうか?まぁ最後は子供が選ぶことだから、具体的な仕事の選択は本人に任せるとして、選択肢を増やすことができるように、英語だけは仕込んでおくというものかな。
ということをモニョモニョと考えて、一つの結論が出てスッキリした気もする。
自分の力ではどうすることもできないことについては考えないようにして、毎日を楽しく生きよう。
息子たちが笑顔になることができるように、毎日何かをしよう。
