このチャレンジの行く末は?
長男のトスが、ようやく、本当にようやくだが、大分マシな状態になってきた。
レフトへのトスが、秋は20本に1回ぐらい奇跡的に届くレベルだったものが、1/2程度の確率で飛ぶようになってきた。きれいなトスは1/3ぐらいの確率で、まだまだ粗削りではあるが、全然飛ばないことで沈みまくっていたあの頃とちがい、前向きになってきた。
秋からずっと伸び悩んでいた。
ドリームコーチングっていうマッチングサイトで何度か指導を受けても、単発の指導では根底にある原因がわからないのか、レッスンを受けたその日の最後らへんで、なんとなく改善された感はあっても、やっぱり変わっていない・・・というのが続いていた。
そんな中、スケジュールがそこそこマッチするコーチが見つかり、レッスンを重ねる中で、本当の原因がどこにあるのかを見つけてもらい、本人のトレーニングと意識改革によって、やっと芽が出てきた。
全然上手くなれないこと、そもそもどうすれば上手くなれるかわからないこと、時間だけが過ぎていくことに精神的に限界を迎えていた息子にとって、このコーチと巡り会えたのは本当に良かった。
親としても、見守ることに限界を感じていたところで、もう辞めさせたほうが良いのではないかとも思うぐらいだった。でも今辞めたら本人にとってはブラックな気持ちしか残らないだろうから、ちゃんとした成功体験へとナビゲートしてあげたいと思って先行投資をしたわけだが、本当に良かったと心から思う。
2週間前のレッスンを受けてから、その後の練習の様子を聞くと、飛ばせるようになってきたと話していた。本当に改善してたらいいなと思って、本日のレッスンを受けたわけだが、本当にほっとした。
4年半練習していたのに、このフォームのまんまだったというのは正直思うところが多々ある。所属チームは、過去の度重なるモンペ攻撃によって、指導方針がだいぶ変わってしまったという話は耳にしていたので、推して知るべしというところだろうか。それはチームの方針だろうから何も言えん。
本当のスポーツの楽しさは、しっかりとした技術を身に付けて、自分が思ったプレーができるようになることにある。だが、なんとなくそこでスポーツしていることが楽しいというのも、小学生にはあるのだろう。だが現実の試合では、負ければ悔しい。普段なあなあの馴れ合いで楽しそうにプレーしていたとしても、負けた時に思い知る。
3年の時の練習試合でボロ負けして、一人だけ悔し涙を流していた息子を、どうにかサポートしてあげたいと思っていた。同期の子のお父さんが1年ほど鍛えてくれていたが、諸般の事情でそれもできなくなったのが昨年の夏。そこから成長が止まっていたのだが、このテコ入れはもっと早くすべきだったと、猛烈に反省している。
多分、運動神経のいい子は、体が自然と動いて最適解を出し、放置しておいてもやればやるほど伸びるのだろう。でもうちの子はそうではなかったから、細かい指導が必要なんだと思う。これは勉強とか、他の事でも同様で、勘所がよくてできる子はすぐにできるけど、できない子は、どこに躓いているのかがわからないのだ。そしてバレーならダメなフォームで練習するほど、もっとダメになっていくという負のスパイラルがある。勉強なら、わからない・つまらない問題を解こうとするほど嫌いになるだろう。
そして、自分が必ずしも得意ではない領域に、膨大な時間をあててチャレンジすることが、本当に良いことなのかどうか、親としては気にしている。この子は勉強で勝負すれば、おそらく他人の1/3ぐらいの時間で理解してどんどん進めることができるだろう。そっちで勝負したほうが楽であることは間違いない。この子のバレーは絶望的ではないレベルだと思うが、ゆっくりだ。今回みたいな個人指導を受ければ伸ばせるが、永遠にできるわけではないし、それこそこの子の1/3の時間でこれらをマスターしてしまう子たちもいるだろう。そのフィールドに長居することが、幸せなのかどうかは正直よくわからない。
多分、ハイキューのセリフで表現するなら、「その瞬間が、あるかないかだ!」とか「そんなもん、プライド以外に何があるっていうんだ!」あたりなんだろうか。
本人にとって、バレーやっててサイコーだと思う瞬間があるなら、バレーで絶対負けたくないっていうプライドがあるなら、本人が納得するところまで、思う存分やらせてもよいものだろうか。
親としては悩みが尽きない。
